心筋梗塞死亡者は四年間に3人
世界で初めて、魚に含まれるEPAの効用に注目したのは、デンマークのダイエルバーグ博士とバング博士でした。
二人はもともとデンマークの病院で、デンマーク人の動脈硬化や心筋梗塞についての研究を行っていたのですが、
「グリーンランドに住むエスキモーには心筋梗塞や動脈硬化が非常に少ない」
との噂を耳にし、さっそくグリーンランドのある村へ調査に出かけたのが、EPA研究の始まりでした。
現地の調査で二人は、想像以上の驚くべき事実を知ります。
その村では、1963〜67年の4年の間に、心筋梗塞で死亡した人はたったの三人。人口に対する比率は、デンマークの十分の一にも満たない数値だったのです。
その後、動脈硬化症についても調査した結果、やはりエスキモーのほうが、デンマーク人にくらべて格段に、硬化の進行状態が緩やかであることがわかりました。
遺伝的要素ではない
ダイエルバーグ博士らは、まず民族性の違いではないかと考え、デンマークの都市部に移住したグリーンランド出身のエスキモーについて調査することにしました。
もし都市部に長く住む彼らが、グリーンランド在住のエスキモーと同じ結果であれば、民族固有の遺伝的な体質に起因していることになります。
しかし、デンマークに移り住んだエスキモーたちの心筋梗塞の発症率は、デンマーク人とほぼ同率でした。
とすれば、グリーンランドのエスキモーに心筋梗塞や動脈硬化症、その他の病気が発症するケースが少ないのは、後天的な理由によることになります。
脂肪分の摂取量は欧米並
そこでダイエルバーグ博士とバング博士は、今度はエスキモーの特徴的な食生活に着目しました。
当時のエスキモーたちの主食は、海で獲れるサケやマス、アザラシ、セイウチ、オットセイなどの魚や海獣。輸入のジャガイモをのぞけば、大半を海の幸にたよっており、家畜肉を主食とする欧米人とは大きく異なっていました。
「脂肪の摂取量に差があるのではないだろうか」
と両博士は考えたのです。
ところが3年間にわたって調査を続けたところ、意に反してグリーンランドのエスキモーは、総摂取カロリーの約35〜40%を脂肪から摂っており、欧米人並に高脂肪の食生活であることが判明。
さらには、そうした高脂肪の食生活であるにもかかわらず、血液中の総コレステロールや中性脂肪の値が低く、逆に善玉コレステロール(HDL)は高い値を示していたのです。
いったいどうしたことでしょう。
エスキモーの血中に多量のEPA
考えられることは、その脂肪を摂取する食物の違いです。
欧米人が主に牛や豚などの家畜肉から脂肪を摂取するのに対して、エスキモーは前述のように海の生物――つまり鯨、魚や海獣から摂取しています。
博士らは、エスキモーとデンマーク人の血液を採取して血中脂質(とくに脂肪酸)の比較分析を行うことにしました。
その結果、エスキモーの血中脂質には、デンマーク人よりはるかに多量のEPAという物質が含まれていることがわかったのです。
さらに、その脂肪に含まれるアラキンドン酸の量が、デンマーク人にくらべてごく少量であることも判明しました。
以後ダイエルバーグ博士は、EPAの効用に注目して研究を続けていきます。
デンマーク人とグリーンランドエスキモーの疾患発症頻度
疾患名 | デンマーク人 | グリーンランド エスキモー |
急性心筋梗塞 | 約40人 | 3人 |
癌 | 約53人 | 46人 |
消化性潰瘍 | 約29人 | 19人 |
乾癬 | 約40人 | 2人 |
気管支喘息 | 約25人 | 1人 |
慢性関節リウマチ | よくある | まれ |
海洋性大腸炎 | よくある | まれ |
憩室炎 | よくある | まれ |
エスキモーとデンマーク人の食事脂質および血小板脂質の比較(単位:%)
食事脂質 | 血小板脂質 | |||
エスキモー | デンマーク人 | エスキモー | デンマーク人 | |
ω6 | 5.0 | 10.0 | 3.9 | 8.2 |
アラキンドン酸 | 0.4 | ― | 8.5 | 22.1 |
EPA | 4.6 | 0.5 | 8.0 | 0.5 |
DHA | 8.5 | 0.3 | 9.1 | 2.7 |