EPAは心臓を守る潤滑油

心臓病・がん・高脂血症など成人病予防の決定打

浜崎 智仁 中村 典雄 著 初版 1996.09.11 改訂版 2001.02.03 発行
ISBN 4-89295-415-2 C2177 文庫サイズ 48ページ 本体 250円(税抜)

高脂肪食でも心臓が元気な理由

EPAは心臓を守る潤滑油

グリーンランド人の脂肪源は海産物
グリーンランドのウペルナヴィック地方で、1950〜74年の間に虚血性心疾患で死亡したグリーンランド人は、僅か3人でした。これは同じ年齢層のデンマーク人の10分の1以下の数値です。

実はこの差は、両者が日常とっている脂肪の「質」に由来していました。当時のグリーンランド人は、非常に特徴的な食生活を送っており、主食はアザラシ、オットセイなどの海獣類、ほかは干した魚を食べるくらいで、野菜や牛肉、豚肉などの摂取量は皆無でした。つまり脂肪源はすべて海の生物由来のものだったのです。脂肪の質は、脂肪の主成分である脂肪酸で決まりますが、グリーンランド人の血中には海産物特有の「EPA(エイコサペンタエン酸)」という脂肪酸が多くなっていました。

一方、デンマーク人の脂肪源は陸上動物の肉、卵、乳のほか、野菜や食用油からとる植物油が主で、海産物由来の脂肪はごく限られたものでした。それを反映して、血中には「アラキドン酸」という陸上の脂肪酸が増えていました。

多価不飽和脂肪酸がキーワード
EPAとアラキドン酸は、どちらも「多価不飽和脂肪酸」と呼ばれる脂肪酸です。多価不飽和脂肪酸は体内で合成できない必須脂肪酸(食事で必ずとらねばならない脂肪酸)で、「n-3系」と「n-6系」に大別でき、n-3系の代表がEPAで、n-6系の代表がアラキドン酸です。

まずアラキドン酸ですが、これは食事でとったリノール酸が体内で変化してできる脂肪酸です。リノール酸食品をエサにしている陸上動物にも含まれているので、それらを食べた場合は、直接アラキドン酸の形で取り込まれます。体内ではエネルギー源となるほか、細胞でさまざまな生理活性物質(9頁図)になり、細胞機能やホルモンの調節などに働きます。特に細胞増殖の盛んな胎児や乳児にとって重要な成分で、成人でも欠乏すると皮膚疾患などが生じますが、リノール酸や動物性食品が氾濫している現在の日本では、むしろとりすぎによる弊害のほうが深刻です。

EPAがアラキドン酸の「悪さ」を抑制
一方、EPAは魚介類・海獣類などに多量に含まれている海棲生物特有の脂肪酸です。アラキドン酸と同様に体内ではエネルギー源となるほか、細胞で種々の生理活性物質になります。しかし、EPAが作る生理活性物質はアラキドン酸由来の物質を妨害するだけで、それ自身にはごく弱い活性しかありません。簡単にいうと、アラキドン酸由来の生理活性物質の働きをEPAは抑える方向に作用します。こうしたEPAの働きは、アラキドン酸過剰による弊害が問題となっている現状では、多くの病気の予防・治療に有効です。

EPAを含む食品は海産物に限られるため、日常、魚をあまり食べない人はEPA不足が深刻です。欠乏すると皮膚疾患などが引き起こされてきます。欠乏までいかなくても、アラキドン酸との摂取比率が悪いと、細胞レベルから体の機能が損なわれるので要注意です。

海産物の脂肪が心臓を守った
このようにEPAとアラキドン酸は、生体内の多くの場面で相反する作用を示します。したがって、どちらの脂肪酸が細胞膜の中に多いかで細胞の働き、ひいては体全体の健康状態が違ってきます。

すなわち、グリーンランド人とデンマーク人の虚血性心疾患の死亡率の差は、EPAとアラキドン酸の摂取量の違いによって生じていたのでした。EPAの豊富な海産物が、グリーンランド人の心臓(冠状動脈)を丈夫に保っていたわけです。

また、第二次世界大戦中に北欧で虚血性心疾患が減った背景にも、脂肪の総摂取量のほか、魚食の影響がうかがえます。当時、肉の入手が困難であった北欧では、肉の代わりに魚の摂取量が3倍に増えていたという興味深い事実があったのです。さらに、1949年当時の日本人に虚血性心疾患の死亡率が少なかったのも、EPAの多い海産物を多食していたことが関わっていたのは間違いないでしょう。


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